河内長野未来構想

つながる

古い歴史とつながり、新たな価値を紡ぐ。

〜南海電鉄創業130周年記念事業〜河内長野未来構想

河内長野のまちづくり

南海電鉄による快適な暮らしを叶えるニュータウン開発。

河内長野における南海電鉄の大規模なまちづくりは昭和38年の「千代田南海住宅」を皮切りに「南海小山田荘園」「南海美加の台」などに続き、河内長野の発展に貢献。自然を生かし、道路、緑地、公園、教育施設、商業施設などの都市機能を備えた総合的なまちづくりを実現しています。

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千代田南海住宅(千代田南町)[開発:昭和38年~42年、約31ha]

昔ながらの開発団地であり、成熟した閑静な雰囲気が広がる千代田南海住宅。生活を支える施設が多彩に揃い、大阪南医療センター(総合病院)、各種診療所、スーパー、銀行、小・中学校、幼稚園などすべて徒歩圏に。
このような利便性と落ち着いた雰囲気を併せ持つ、子どもからお年寄りまで暮らしやすい邸宅街として、街びらきから半世紀を過ぎてもなお、注目を集めています。

南海小山田荘園[開発:昭和45年~47年:約27ha]

のどかな田園風景の中に広がる開発団地。近くにはテニスが楽しめる市営の庭球場があります。千代田駅からバスが運行され、団地内はフリー乗降が可能。
少し歩くと、総合公園である寺ヶ池公園があり、四季折々の草木や、さまざまな野鳥を見ることができます。

南海美加の台[開発:昭和56年~平成5年:約149ha]

阪神甲子園球場の38倍という開発面積を誇る大型住宅団地。街びらきから30年を経て約3千世帯の人々の暮らしが根付き、溢れる緑の中に趣向を凝らした家並みが続いています。団地内では、スーパーや診療所、保育園、幼稚園など快適な生活施設が揃う一方、小・中学校は早くから小・中一貫教育を実施。近くには紅葉で有名な延命寺があり、歴史を身近に感じることができます。

現在の取り組み

河内長野市と南海電鉄がより良い住環境を形成。
河内長野市と南海電鉄が一体となり、まちづくり・教育・子育て支援を開始。

子どもからお年寄りまで、誰もが快適に暮らせる住環境づくりを進める河内長野市。一方、南海電鉄は子育てにやさしい南海沿線という沿線価値の創造を続けています。
そこでこれまでイベントの開催などで関係を構築してきた両者が協力し「まちづくり」「教育・子育て支援」「定住・転入の促進」「観光振興」などを開始。それぞれが持つ資源やノウハウを最大限に活用しながら「訪れてみたい」「住んでみたい」街をめざし地域社会の発展に取り組んでいます。

自然にやさしく子育てに安全・安心なまちづくりにも着手。

国土交通省の取り組みのなか、大阪府下で、河内長野市は「住宅団地型既存住宅流通モデル事業」に採択されました。これにより市内の15団地を対象に「自然にやさしく子育てに安全・安心なまちづくり」を開始。北地区では、千代田駅や隣接する商業・サービス施設、近隣の医療機関などを活かし、高齢者がより暮らしやすい街づくりを行っています。
また、その他の住宅団地では再生可能エネルギーの導入や子育て支援を目的としたリフォームの促進により、子育て層をターゲットにしたモデル住宅地としての流通促進にも取り組んでいます。

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河内長野の歴史

数々の発展を遂げ、さらなる可能性へ。
古墳時代から発展を続ける河内長野。

写真河内長野市の歴史は古く、最初の発展を遂げたのは古墳時代。そのことを物語るように古墳時代中期の全長52mほどの前方後円墳が確認されています。飛鳥時代には遣隋使として中国に渡った学者、高向玄理の出身地としても知られ、渡来人が多く暮らしていました。平安時代に弘法大師が高野山に金剛峯寺を開基すると、貴族たちの間では高野山に参詣するようになり、東・西・中の3つの「高野街道」が整備されました。その後、江戸時代には狭山藩、近江膳所藩、伊勢神戸藩の所領に。山に囲まれた静かな環境から、太平洋戦争中には集団疎開先に選ばれました。

古墳時代から発展を続ける河内長野。

明治41年、金剛山の裾野に高野山鉄道と地元有志の出資により長野遊園地を開園。この公園は市民の憩いの場として親しまれている長野公園の前身です。昭和29年には、6町村が合併し大阪府内で3番目に広い面積を誇る市として現在の河内長野市が誕生。その後、急速にニュータウンの開発が進み、人口約11万人の自然豊かな住宅都市として発展し、平成26年には市制施行60周年を迎えました。市の中心部は旧町名が受け継がれ、長野と呼ばれ、南部の山麓地域では奥河内という観光名称が使われています。このエリアには滝畑四十八滝や岩湧山などの大自然、観心寺や金剛寺などの歴史的価値のある史跡や建造物が点在。南北朝時代の武将である楠木正成ゆかりの地としても知られ、国宝・重要文化財も数多く残ることから「文化財のまち 河内長野」と称されています。

南海電鉄の歩み

日本最古の私鉄として、英知と活力で未来をひらく

南海電鉄は明治17年、大阪堺間鉄道会社として設立以来、日本最古の純民間資本の私鉄として堅実な歩みを続けてきました。
現在は企業理念を「南海は英知と活力で未来をひらきます」と掲げ、鉄道事業を軸とした総合生活企業として快適な生活と豊かな文化を追求。人々の暮らしに潤いをもたらす総合的な街づくりにも積極的に取り組んでいます。

年表
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【南海電鉄はこれからも河内長野の未来を創造します。】

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